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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)850号 判決

控訴人 田村庄市

被控訴人 柳生和秀

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、本訴請求は、昭和二九年二月二一日被控訴人と控訴人との間に成立した本件土地の無償譲与契約を原因とするものである。農地の所有権移転手続についての知事の許可は、所有権移転の効力発生要件であるから、農地所有権の移転請求権が時効にかからぬ限り、知事に対する許可申請の請求権につき時効問題を生ずる余地がない。と述べた。立証〈省略〉

控訴代理人において、本件土地のうち揖保郡太子町佐用岡字北佃四六五番、田二反二歩につき、昭和二九年二月二一日に被控訴人主張のような無償譲与契約が成立したことは認めるが、その余の土地につき右のような契約がなされたことは否認する。農地の所有権移転につき知事の許可申請を求める権利は一種の債権であるから、一〇年の時効により消滅すべきところ、本件所有権移転登記請求訴訟は時効完成直前の昭和三九年二月二一日に提起されたが、被控訴人が右許可申請の請求を為したのは昭和四〇年一月二一日の訴の追加的変更によるものであるから、被控訴人主張の無償譲与の約定の履行期(昭和二九年三月三一日)より一〇年以上を経過しており、右請求権が時効により消滅した後であるから、許可申請の請求は失当である。また前記の譲与契約は、所有権移転登記手続を約したものではあつても、知事の許可申請手続を為す約定までは含んでいないから、知事の許可を受けない一切の行為を禁止する農地法第三条第四項の規定によつて右譲与契約は無効である。控訴人は、右契約の当時から現在に至るまで本件農地を耕作する精農家であるから、この者より不在地主である被控訴人への農地所有権移転は農地法第三条第二項第二号、第五号、第八号によつて許可のできないものであり、このような買受適格者でないものに対する許可を条件とする法律行為は、不法条件然らずとするも不能条件付法律行為として、その成立当時からそれ自体無効であり、仮りに成立当時無効でないとしても、右条件の不法又は不能性は現在に至るまで継続して来たのであるから、その後において、被控訴人が近い将来に農地取得適格を取得する見込がなくなつた時に、右条件は不成就に確定したもので民法第一三一条第二項により、かゝる条件付法律行為は無効となつたものである。

仮りにそうでないとしても、控訴人は、昭和一九年一一月三〇日から所有の意思を以て平穏公然に本件土地(農地と山林)を占有しており、しかも占有のはじめ善意無過失であつたから、一〇年の取得時効により、然らずとするも二〇年の取得時効により本件土地の所有者となつているから、被控訴人の請求は理由がない。被控訴人がその主張の譲与契約の成立した後、控訴人に対して右契約履行の請求を続けていたとの主張事実は否認する。控訴人は一度も催促を受けたことがない。

なお本件農地の贈与契約についてはいまだ知事の許可を得ていないから、所有権移転の効力も発生していないところ、右許可が得られることは不可能であり、少くとも許可が得られるかどうか予測し得ない現在、予め本件農地につき所有権移転登記手続を求めておかねばならない特段の必要はない、と述べ

立証〈省略〉……ほか

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件土地(原判決添付目録記載)四筆中、兵庫県揖保郡太子町佐用岡字北佃四六五番、田二反二歩について、昭和二九年二月二一日控訴人から被控訴人へ無償で譲与する旨の契約が成立したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証(誓約書)と証人是川一男(原審第一回)、玉田誠吾の証言、控訴人本人尋問の結果(当審)によると、右土地中のその余の三筆についても、右一筆分と同時に同趣旨の譲与契約のなされた事実が認められ、右認定に反する原審における控訴人本人の供述は前掲証拠に対比して信用ができず、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

控訴人は、右譲与契約は被控訴人代理人吉備平次の強迫に因るもので、取消により無効となつた旨抗弁するので按ずるに、成程前掲甲第三号証中には控訴人の誓約文言として「毒爪を磨き」「遺産横領を逞し居りたる処」「悪夢を覚め」等の控訴人の本心の表現としては必ずしも適わしからぬ文言が散見せられることが認められまた成立に争のない甲第二号証の一、二、三と証人是川一男(原審)の証言、控訴人本人尋問の結果(原審、当審)を綜合すると、控訴人が本件契約を為すに至つたのは、右契約の前年たる昭和二八年に告訴(控訴人がさきに神戸地方裁判所姫路支部に対して提起した被控訴人(法定代理人親権者養母柳生かな)に対する本件物件の無償贈与を原因とする所有権移転登記請求の訴訟事件に関して執つた双方代理的態度を不正として)すべき旨を通告されており、右契約の際も、被控訴人のために控訴人と交渉した訴外吉備平治から右の点を非難され反省、謝罪を求められると共に、本件物件を返還の趣旨で無償譲与すべきことを相当強硬に要求せられ、涙を呑んで右要求を承認したものであることが認められるが、これらの各証拠に拠つても、なお本件契約が控訴人の意思の自由が制せられる程度の強迫に基いてなされたことを肯認し難く、反面成立に争のない甲第五号証の一、二によると、控訴人は本件契約の後も前記吉備の行為に格別不服も唱えずむしろ感謝の念さえ懐いていた事実が窺われるから、結局本件の全証拠によつても、控訴人主張の強迫事実を認めるに足らず、右抗弁は理由がない。

次に控訴人は、被控訴人は農地の譲受適格者でないから、被控訴人への本件物件中の農地の所有権移転は農地法第三条第二項第二、五、八号により許可不能の場合に該当し、かゝる許可を条件とする法律行為は不法又は不能の条件を附した法律行為として、契約自体無効であると主張するけれども、農地所有権の移転に必要な知事の許可は、当事者の意思により附加せられたいわば任意的な条件ではなく、法定の必要条件であるから、知事の許可という条件自体を以て不法又は不能の条件と解することのできないのは勿論、控訴人主張の農地法第三条第二項各号の許可不能事項に該当するか否かは、行政庁たる知事がその審査に際して自己の行政権限として判定すべき事項であつて、司法機関たる裁判所が予めこれを判定することは原則として権限侵犯を生ずるものとして許されないと解すべきであつて、この点よりすれば、当事者間の農地譲渡契約成立当時における右許可条件の存否は、他に特段の事情の認められない限り、右譲渡契約自体の効力に影響を及ぼさないものと解すべく、被控訴人について、本件契約成立当時、明らかに農地法潜脱行為を企図した等の特段の事情は、控訴人の全証拠に徴しても認め難いから、本件契約は右条件の存在することにより無効であるとは言えない。又控訴人は、本件契約は条件付契約で、右条件は不成就に確定したと主張するけれども、右にいわゆる条件は契約当事者の意思により付せられた任意条件でないから、控訴人主張の民法第一三一条第二項は直接適用がないのみならず、知事の許可の能否は、許可審査の時を標準として決すべきであるから、許可申請前には特段の事由の認められない限り、既に不成就が確定したものとは為し難い。よつて右抗弁も理由がない。また控訴人は、本件契約は知事に対する許可申請の約定を含んでいないから無効である旨抗弁するが、本件契約が許可申請の約定を含むと認むべきことは後記認定の通りであるから、右抗弁も採用できない。

次に、本件物件中農地についての知事の許可申請に対する協力については、被控訴人控訴人間に明示の約定のなされたことは認め難いけれども、農地の所有権移転のための知事の許可は農地法に基く法定要件であるから、農地の譲渡契約を為した者は、特に別段の意思表示のない限り、右許可申請について黙示的に協力を約したものと認むべく、控訴人本人の供述(当審)もいまだ右の黙示的協力約定に対する反証として認め難いから、控訴人は本件農地について、農地法第三条に基く知事の許可を求めるにつき協力義務を負担するものと認むべきである。

また控訴人は、本件契約は、時効完成の直前までその履行の請求なくして放置されていたから、失効の原則により、権利行使を許されないと抗弁するが、控訴人主張の事実のみによつていわゆる失効の原則を是認することができないから、右抗弁も採用しない。さらに控訴人は本件農地についての知事の許可申請の請求権のみは、消滅時効が完成した旨抗弁するけれども、右の許可は前述の通り農地の所有権移転の効力発生のための法定要件であり、右許可申請の請求権は、移転登記請求を為すについての不可欠の前提要件として行使を要するものであり、かつ本体たる登記請求権から見れば、これに随伴する権利とも見ることができるから、本体たる所有権移転登記請求につき本訴が提起せられ、それが消滅時効完成前であつた以上は(この点は控訴人としても認めて争わないところである)、所有権移転についての許可申請請求の権利についても、同時に時効中断の効果が生じたものと解するを相当とするから、右控訴人の時効の抗弁も理由がなく、本件物件に対する昭和一九年一一月三〇日を始期とする取得時効の主張に至つては、本訴請求は、控訴人が本件土地の所有者であることを前提とするものであるから、抗弁として適切でない。なおまた控訴人は本件農地の所有権移転につき、知事の許可が得られるかどうか予測し得ない現在、予め所有権移転登記手続を求めておく特段の必要はない旨主張するけれども、控訴人は被控訴人主張の譲与契約の効力を否認し、登記義務はないと主張しているものであるから、予め知事の許可を条件として本件農地につき所有権移転登記手続を求めておく必要があることは明白である。また知事の許可なき以前といえども、本件農地の譲与契約は債権契約としては有効であるから控訴人は右契約の履行として知事の許可を条件として所有権移転登記手続をなすべき義務あることも明白で、これに反する控訴人の主張は独自の見解にすぎず、到底採用しえない。

そうすると、控訴人は本件物件中山林については、前記譲与契約に基く所有権移転登記、農地については農地法第三条に基く兵庫県知事に対する許可申請及び右許可があつた場合に前同契約に基く所有権移転登記及び控訴人が占有中であることの争ない本件物件(但し農地については前記許可あつた場合に)を被控訴人に引渡す義務があるものというべく、右義務履行を求める被控訴人の請求は、正当として認容すべきである。よつて、これと同旨の原判決は正当で控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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